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(5) 鹿沼宿 元和3年(1617)、徳川家康公の遺骸は鹿沼宿の薬王寺を経て日光廟に移埋されたが、これを契機に街道筋の
宿場として発展。秋には日光東照宮修営に携わった彫師達の作である彫刻屋台が華やかに繰り出す街でもある。
街道地図

 平成20年1月11日  鹿沼の彫刻屋台は「これでもか」というぐらい絢爛豪華。

新鹿沼駅前交差点鳥居跡( 鹿沼市街に入ると街道は「新鹿沼駅前交差点」(左)の先で二手に分かれる。右側が昔からの田町通り、左側は江戸時代の初めに鹿沼宿を作る際造成された内町通り

その分岐点に小さな祠と鳥居があるが ここは「鳥居跡(とりいど)(右)と称されている場所。鎌倉時代に日光山の遠鳥居が建てられていた。後にその跡が地名となり、この辺りを 鳥居跡町(とりいどちょう) と呼ぶようになったのだとか。

雲龍寺雲龍寺の三代将軍家光公鎧塔内町通りに入って5〜6分「雲龍寺」(左)は鹿沼宿鈴木本陣の先祖で儒学者の鈴木石橋(せききょう)の菩提寺。 今でも鹿沼の人達は石橋(せききょう)先生といって敬っている。

雲龍寺からさらに5〜6分、左奥の薬王寺は徳川家康の遺骸を日光廟に移埋する際、4日間滞在した寺院。
山門を入ると境内左手に「三代将軍家光公鎧塔」(右)なるものがある。何だろう、説明が無い。調べても分からない。

鹿沼宿本陣跡公園鹿沼屋台夢箒店街道に戻りちょっと歩いた右側の鈴木医院は鈴木本陣跡鈴木石橋先生旧居と記された説明板が建てられているが本陣跡の説明は無い。鈴木医院横の道を入ると最近整備された「本陣跡公園」(左)に鈴木本陣の説明が詳しく記されている。

鈴木医院先の交差点を渡ると看板に「鹿沼屋台夢箒」(右)と書かれた華やかな店が。 かつては箒屋千軒とまで言われた鹿沼であるが今は数軒に減ってしまった。

仲町屋台会館仲町屋台箒店の斜め先、漆喰壁の建物は「仲町屋台会館」(左)。展示されているのは白木彫刻が施された「仲町屋台」(右)。 鹿沼の屋台は白木造りが多いが精緻を極めた彫刻は 見事 の一言。

屋台の競い合いは彩色彫刻黒漆塗屋台にまで発展し、ついに幕府から華美禁止令が出されてしまった。ところが これで意気消沈と思いきや、ならば白木の彫刻で、と 前にも増して華麗な彫刻屋台を造ってしまったのだった。

掬翠園観濤居(かんとうきょ)久保町屋台久保町屋台屋台会館から5〜6分先の中央公園・屋台展示館にも展示されているがこちらは3台。

その中の「久保町屋台」(左)は彩色屋台で その絢爛豪華な造りは目を見張る(屋外写真はパンフレットより抜粋)。 この屋台が秋祭りに町内に繰り出すのかと思うとゾクっとするね。

屋台展示館の隣りに掬翠園という日本庭園があるのでちょっと散策を。大正初期の造営だが、「観濤居(かんとうきょ)(左)という茶室の濡れ縁が懐かしい。

鹿沼には運行可能な彫刻屋台が27台もあるそうだ。「今宮神社」(左下)秋の例大祭にはこれらの屋台が神社に集結。夕刻になるとお囃子とともに町内引き回しが行われるのだがこれはぜひ見たいもの。

今宮神社壬生義雄の墓延歴元年(782)の創立と伝わる「今宮神社」(左)は天文3年(1534)に壬生綱房が現在地に遷座。
霊験あらたかな神社で、慶長13年(1608)の話だが、三日三晩の雨乞いをしたところ一天にわかにかき曇り激しい雷雨を呼んだのだとか。

鹿沼市役所の裏が鹿沼城址であるが今は野球グラウンドとなってしまい往時の面影は全く無い。 さらにその先の雄山寺に鹿沼城五代城主「壬生義雄の墓」(右)がひっそりとたたずんでいる。

川上澄生美術館星宮神社本殿街道に戻り5〜6分歩いた交差点際の「星宮神社本殿」(左)は総欅造りで全面に装飾彫刻が施された見事な建物。 
といっても2m四方程度の小さなもので社殿の中に収められている。

文化初年(1800)頃の建造ということだが重厚精緻な彫刻は屋台の彫刻と通じるものがある。

星宮神社前の交差点を右に曲がって「川上澄生美術館」(右)に寄り道を。ところが残念無念、お目当ての「初夏(はつなつ)の風」は他の美術館に貸し出し中。以前も見られず また無念な思いをしてしまった。

塩なめ地蔵尊御成橋気を取り直して街道に戻り数分、「塩なめ地蔵尊」(左)の大きな看板に釣られて奥へ。正面奥の御堂に安置されているが見た目はごく普通のお地蔵さん。塩を献じて願い事をすると御利益があるそうだ。

街道は塩なめ地蔵の少し先で 先ほど分かれた田町通りと合流し黒川に架かる「御成橋」(右)を渡っていく。

御成橋は各地にあるが、この橋は将軍が日光へ御成りの際、新しく架け替えたことから御成橋と呼ばれるようになったのだとか。

御成橋町屋台蔵杉並木御成橋を渡ってしばらく歩くと「御成橋町屋台蔵」(左)が目を引く。ここの屋台は彩色彫刻黒漆塗りの豪華屋台。文化庁の助成で修復が行われたという貴重な屋台。

この先は坦々とした街道歩きが続くが途中からまばらではあるが「杉並木」(右)が現われ日光街道の雰囲気が出てきた。
 

屋台展示館の管理人さんから「例幣使街道の杉並木も見応えあるよ」と言われたが、どの辺りから見ごたえある杉並木になるのだろうか。

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