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街道松 甲州街道 道中記 街道松
街道地図
(9) 日野宿   早くも本陣を見学しましたよ
日野は江戸時代以前から宿場としての街割りが行われていたが、江戸幕府が慶長10年に正式に日野宿として制定。
府中宿と横山宿
(八王子)に挟まれた小さな宿場であったが 多摩川の渡し を管理するという大事な宿場でもあった。

 平成18年9月13日
府中宿を出て国道20号を西へ。本宿交番前を通り、JR南武線を越え、30分ほど歩くと左側に 天満宮 と刻まれた大きな石柱が現れる。

谷保天満宮常盤の清水

参道階段を下ると「谷保天満宮」(左)。千年以上の歴史を持つ天神様で、湯島、亀戸天神と並ぶ関東三大天神の一つ。 昔は谷保(やぼ)天神と呼ばれていたとか。こんな戯れ詩が。
   神ならば 出雲の国に行くべきを 目白で開帳 やぼの天神

本殿左の池の先に「常盤の清水」(右)と呼ばれる湧水がある。延宝年間(1673〜81)に詠まれた
  とことはに 湧ける泉のいやさかに 神の宮居の端垣となせり 
  が「常盤」の由来とか。清水が枯れたことは一度も無いそうだ。


江戸時代に祀られた五智如来祠

上谷保村常夜灯青柳村常夜灯谷保天満宮から先も国道20号を歩くのだが途中に2基の「秋葉常夜灯」(左)がある。上谷保村常夜灯は寛政6年(1794)建立、青柳村常夜灯は寛政11年(1799)建立というからざっと200年ほど前のもの。

上谷保村常夜灯からちょっと先の右側に江戸時代に祀られた「五智如来」(右)の祠が歩道際にある。昭和初期までは地元の人による灯明や線香、供花が絶えなかったようだ。

日野橋交差点まで歩くと甲州街道は国道20号と別れ右に入って行く。


立川通りと新奥多摩街道の間の斜めに入る道日野渡し跡碑

この先からはちょっと複雑。立川通りと新奥多摩街道の間の斜めに入る道」(左)が旧甲州街道。ここを200mほど歩き三叉路を左に曲がり新奥多摩街道を横断。下水処理場の横を通って行く。

下水処理場横を80mほど歩くと左側にオブジェのような物?があるがこれは「日野渡し跡碑」(右)。碑の上に乗っている物は渡し舟らしい。碑には縷々記されているが 「渡しが出来たのはいつ頃だか誰も知らない」 と 。

この先は多摩川を渡し舟で対岸へ。今は上流側の立日橋を渡っていく。


日野の渡しがあった辺り万願寺一里塚

立日橋から見える「多摩川」(左)の橙色線付近が「日野の渡しがあった場所」(左)辺りかと推察する。下流彼方に見える橋は国道20号(現甲州街道)の日野橋。

立日橋の先は真っ直ぐ行くべきだが寄り道を。橋を渡ったらモノレールに沿ってどこまでも歩くと中央高速の先に「万願寺一里塚」(右)の小山が出現。南側だけ残っていた塚を発掘し復元したもの。頂上に小さな木が植わっているのが滑稽だ。万願寺一里塚は甲州古道沿いにあった塚で、日本橋から9番目の一里塚となるが旧甲州街道からはかなり離れている。 


元来た道を戻り国道20号まで来たら左に曲りショートカットして旧甲州街道に戻ることに。

日野宿本陣建物甲州街道日野宿 問屋場・高札場跡

川崎街道入り口を過ぎると日野宿本陣の看板。屋敷門を入ると文久3年(1863)上棟という「日野宿本陣建物」(左)が構えている。土間に入ると黒光りする見事な大黒柱が目の前に。これは立派だ。

ちなみに、日野宿は本陣1・脇本陣1・旅籠20軒 だった。
本陣門の道路反対側に石碑が1基。刻まれている文字は「甲州街道日野宿 問屋場・高札場跡」(右)。


かねこ橋親柱八坂神社

ちょっと先のガソリンスタンド脇におやっと思う物が立っていた。
かねこばし と刻まれた擬宝珠の乗った「親柱」(左)。江戸時代、ここに用水(日野用水の前身)が流れておりがあったことを後世まで伝えようと平成9年(1997)に建立。

ガソリンスタンドの斜め向こう側に見えたのは「八坂神社」(右)の鳥居。この神社の本殿は寛政12年(1800)完成ということだが、鉄筋コンクリート建物の中を覗いて見ると木造の本殿が。


宝泉寺の新選組六番隊隊長井上源三郎の碑坂下地蔵堂前の地蔵尊

八坂神社の次の信号を左に曲がり宝泉寺に行くと本堂の左側に新選組六番隊隊長「井上源三郎の碑」(左)がある。そういえば「新選組のふるさと日野」というノボリを見たが新選組に触れたのは初めてだなー。

宝泉寺前の坂道を上っていくと見えたのは正徳3年(1718)に建立されたという地蔵菩薩銅像が納められている坂下地蔵堂。御堂前で道行く人に微笑んでいるのは「石造りの地蔵様」(右)。ところで坂を上った所にあるのに何故 坂下地蔵?  旧甲州街道はJR中央線で分断されているが本来はこの先の日野台まではかなり長い上り坂。 そうかー、地蔵様は確かに坂の下だ


日野台一里塚跡説明板

中央線のガードを潜ったら長ーい上り坂。その頂上の日野台で県道256号に合流。
右側に渡り日野自動車の工場前を歩いているとフェンスの高いところに「日野台一里塚跡」(左)の説明板が掲げられている。
なんでこんなに高いところに掲げるのだ。 危うく見落とすところだったよ!

一里塚の先は旧大和田村に向かって下り坂が続く。途中で国道20号から左の旧道に入るがすぐに国道に戻って浅川を渡るとその先は横山宿(現八王子)。
 


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