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富士道 道中記

(1)大月追分から十日市場まで   (2)十日市場から下吉田まで   (3)下吉田から富士浅間神社まで

(2)十日市場から下吉田まで 街道地図

前回終了した富士急行線十日市場駅が今回の出発点。
国道139号に出たら数分歩き右側の旧道に入って行く。今回は鄙びた旧道を歩くことが多いので
道標や馬頭観音・道祖神が至る所で見られる。 また晴れていれば富士山を正面に見ながら歩く
という絶好のロケーションも。
  

平成30年12月17日

旧道に入って数分の朱鮮やかな鳥居は「小篠神社」(左)。 康安元年(1361)創建という歴史ある神社だが、訪れた日はひっそりとしていた。神社裏の森にはムササビがすんでいるのだとか。鳥居脇にちょっと珍しい四角形の道祖神がある。

旧道はすぐに国道に合流してしまうが5~6分歩くと再び夏狩の集落へ向かう旧道がある。

集落の中ほどの「十二天神社」(右)は創建年代不詳だが、後醍醐天皇御宇の延元元年(1336)に社殿が造営されたと伝えられていることから、鎌倉時代にはこの地に鎮座していたという。
 

夏狩集落を通る旧道は再び国道に合流するが、この道筋には実に多くの石仏・石塔があるので一気に紹介。
小篠神社手前の自得院入口にある
三界萬霊塔は2m近い高さ。
小篠神社鳥居脇の道祖神はちょっと珍しい
四角形。
夏狩集落へ向かう途中の路傍に馬頭観音
が八基も
夏狩集落入り口の火の見櫓の下にある石塔は
かろうじて
道祖神の文字が読み取れる。
八面神社境内の庚申塔は2羽の鶏と2匹の
猿という初期型。造立は宝永元年(1704)。


十二天神社の数分先で見たのはこの辺では
珍しい
双体道祖神
双体道祖神前から4~5分、身禄堂下の
金網小屋になんとも珍しい
抱擁道祖神が。
身禄堂下の道路脇に立つ道祖神は笠付き。 団子坂を上りきった先、耕雲院参道入り口に
大きな
萬霊塔と多数の石仏石塔がある。
その先の三叉路向こうに廿三夜塔が見える。

廿三夜塔のある三叉路際に僅かに 右 の文字だけが読める道標がある。この三叉路を左に曲がり、中央道河口湖線のガード下を通り富士急行線の踏切りを渡ると国道139号に合流。

国道の向う側に見えるのは高さ3mほどの大きな萬霊塔。その後ろは寶鏡寺石仏・石塔群。その中に秩父・西国・坂東の「百番供養塔」(左)がある。この供養塔は延享5年(1748)に造立されたもので、都留市で一番古い供養塔だ。

石塔群の中に文化13年(1816)に建立された「芭蕉句碑」(右)も。
     目にかかる 時や殊さら 五月婦し
五月晴れの旅の途中で目にした富士の姿の素晴らしさを詠んだ句、だそうです。

この先しばらくは国道の緩い上り坂、歩いても歩いても上り坂。

かれこれ30分ほど歩いただろうか。西桂町の小沼郵便局が見えたらその手前を左に入る道が旧道。 旧道に入ったらすぐに右へ曲がるのだが、その角に大きな「庚申塔」(左)がある。安全柵があるため写真写りが悪いのが残念。

車の通りが少ない旧道を数分歩き丁字路を左に曲がると「食行身禄尊師碑」(右)がある。

さらに数分歩いた右奥の諏訪八幡神社は日本武尊が東征の帰路に東国開拓と国家鎮護のため諏訪大神を祀ったのが始まりと伝わる歴史ある神社。
 その境内に「球形道祖神」(左)が祀られている。甲州街道の栗原宿辺りで多く見られたが富士道では珍しい。

その先の一乗寺境内の地蔵堂に「三本松のお地蔵様」(右)が鎮座している。元々は富士山遥拝所があった小明見村に通じる高台に安置されていたが、大正9年(1912)に現在地に移されたもの。

一乗寺を出て数分、火の見櫓の下に道祖神と
食行身禄碑
がひっそりと立っている。
さらに数分歩いた先の三叉路に立っている石柱は
富士登山道道標。建立年代は不明だが、右側の
新道が出来た明治19年(1886)頃と推定されている。
登山道道標左側の旧道を通って数分歩くと
道路際に
道祖神がある。

 さらに数分先の「小沼浅間神社」(左)は、社伝によると、養老5年(721)に木花開那姫命・天津彦彦火瓊瓊杵尊の二柱を祭神として創建されたという古社。社伝の再建、改修の棟札の中に天延4年(976)の物が現存する。
社頭には富士山の水がこんこんと湧き出しており、明治の初め頃までは富士道者がここで水垢離をしたという。

浅間神社を出て県道718号の長閑な田舎道を15分、「三本松地蔵堂跡」(右)なる場所がある。 一乗寺の古文書によると、ここは富士山遥拝所であったが平安時代初期に富士山が噴火しこの辺り一帯が溶岩に覆われてしまった。 後の元禄期に一乗寺住職が開墾。元禄2年に堂宇を建立し無辺身地蔵を安置したという。一乗寺境内の地蔵様は大正9年(1912)にここから移されたもの。

三本松地蔵堂跡の先にある三叉路で県道と分かれ左の旧道に入って行くが数分先で高速道路により分断される。左へ曲がって迂回し旧道に戻ると名号塔(らしき石塔)が道路際に。

この先は富士吉田環境センターの前を通り県道718号に合流。ほどなく富士吉田市下吉田に入るが、その途中にも多くの石塔がある。
県道718号に合流する十字路際にある
石造物群の中の
名号塔は道標を兼ねて
おり「右ハふじ道 左***」とある。
十字路から5~6分歩いた右の道路際に
かなり大きな
馬頭観音が。
さらに5分先の小さな十字路際の右側には
南無阿弥陀佛と刻まれた
六字名号塔がある。
その反対側の石塔は道標。右*** 
と刻まれているが行き先は読み取れない。

右の道は行き止まり
迂回して5分ほど歩き桂川の手前まで来ると
6基の
馬頭観音と1基の石塔が並んでいる。

馬頭観音群の先で桂川に架かる焼橋を渡ると富士吉田市の下吉田。
このあたりまで来ると富士山が真正面に。朝のうちは雲に隠れていた山頂もクッキリと見える。

あと6kmほど歩くと富士浅間神社だが、文章が長くなるのでここまでを前半とした。

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