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街道松 中山道道中記   街道松

第36宿宮ノ越宿
みやのこしじゅく
宮ノ越宿は戦国武将、木曽義仲ゆかりの地として知られており義仲にまつわる名所・旧跡が何ヶ所かある。
しかし明治16年
(1883)の大火で宿場が全焼してしまったため往時の面影はあまり感じられない。
街道地図

 平成21年4月9日   江戸より六十六里三十五丁。約263kmをてくてく歩いてきました。

宮ノ越宿看板巴淵碑山吹トンネルを出て緩い坂を下っていくと やがて交差点際に巴淵、義仲館と書かれた看板が。交差点を右に曲がると木曽11宿共通デザインの案内板に「宮ノ越宿」(左)とある。

中央西線のガード下を通ると公園の一角に「巴淵」(右)と刻まれた石碑。よく見ると小さな文字が刻まれている。 
山吹も 巴も出でて 田植えかな   許六
蕉門十哲の一人 森川許六の句であるが 義仲の愛妾 山吹と巴を一緒に田植をさせるとは、なかなか。

巴淵手洗水公園の下は木曽川の流れが巴状に渦巻く淵であることから「巴淵」(左)と呼ばれている。 伝説によると ここに住んでいた竜神が化身して絶世の美女巴御前に。その巴御前はこの淵で水浴し、泳いでは武技を練ったのだとか。そして木曽義仲とともに出陣、馬にまたがり戦場を駆け抜けたのであった。

公園横の巴橋を渡ると「手洗水」(右)なる水場がある。木曽義仲が南宮神社に参拝する際、この清水で手を清めたということだが以来800年、今も滾々と清水が湧き出ている。

有栖川宮御休所跡碑長閑な田んぼの中の一本道 旧中山道は巴橋を渡ると左に曲がり木曽川沿いを下っていく。まもなく街道際に建てられていたのは「有栖川宮御休所跡碑」(左)。明治30年(1897)、織仁親王と后薫子が中山道を旅した折、手塚太左衛門宅に小休止。明治天皇以外の御休所跡碑は珍しい。

木曽川から少しだけ離れると「長閑な田んぼの中の一本道」(右)。 この辺りは海抜800mほどの徳音寺集落。 やっと道端に緑が見え初めた。

長閑な一本道を歩いていくと再び木曽川に接近。葵橋を渡り左に曲がると木曽義仲旗挙八幡宮に行かれる。旧中山道は葵橋を渡って右に曲がっていくのだが寄り道したい場所があるので橋を渡らず真っ直ぐに。

徳音寺山門木曽義仲の墓ほどなく徳音寺の案内があるので右に曲がると その奥は「徳音寺山門」(左)。彫刻など施されておらず簡素な造りの山門(鐘楼門)は300年近く前の享保8年(1723)建立。

徳音寺は木曽義仲の菩提寺。本堂左手の奥、山裾に「木曽義仲の墓」(右)がある。傍らには巴御前、義仲の母小枝御前など一族の墓も。ちょうど居合わせた寺の管理人に「ここにも木曽義仲のお骨は入っているのですか」と尋ねると「ありません、義仲寺です」とそっけない返事。(義仲寺は東海道大津宿にあります)

義仲館旧宮ノ越宿の町並み徳音寺を出て広い道に出ると屋敷門の奥に巴御前と木曽義仲の銅像が見える。ここは木曽義仲の資料を展示した「義仲館」(左)。休憩がてら木曽義仲に関する知識の吸収を。

義仲館を出てすぐ先の義中橋を渡って旧中山道に復帰する。右に曲がり数分歩くと「旧宮ノ越宿の町並み」(右)。高さ3mほどの木柱に「江戸より六十六里三十五丁」と記されているが、メートル法では約268km。中山道のほぼ半分まで歩いてきたことになる。

本陣跡脇本陣跡木柱の後ろあたりに本陣があったのだが明治16年(1883)の大火で全焼。今は「本陣跡」(左)となってしまい説明板と明治天皇御小休の址碑があるのみ。

その先が「脇本陣跡」(右)であるが ここも明治の大火で焼失。「脇本陣・問屋跡」と書かれた小さな案内板が建てられている。
 
 

元旅籠の田中家明治天皇御膳水脇本陣跡の数分先にある出梁(だしばり)造りの旧家は元旅籠の「田中家」(左)。ここも明治の大火で焼失したのだが運び出した建具をもとに再建。一階の格子戸と二階の障子のコントラストが面白い。

田中家の少し先の道路際に「明治天皇御膳水」(右)なる井戸がある。江戸末期に掘られた井戸は近郷随一の名水と言われ旧本陣で小休された明治天皇にこの水で献茶されたそうだ。

樋口一里塚跡宮ノ越一里塚跡碑御膳水の先あたりから中央西線と平行する中山道は緩い下り坂となる。まもなく一里塚跡があるはずだが・・・・・無い。

行きつ戻りつしたが見つからない。ついに畑仕事をしていた方に尋ねると、「あそこに看板が出ているけど見落としたかい」 確かに看板がある。が、文字がほとんど読めない。まさかこの看板が「樋口一里塚跡」(左)とは。
コメント:最近、宮ノ越一里塚跡として碑と説明板が設置されました。

中山道を歩かれた練馬の榎本様から「宮ノ越一里塚跡碑」(右)の写真を提供していただきました。

間宿原野 旧中山道はこの先10分ほど歩き中央西線の踏み切りを渡ってすぐに右に曲がっていく。

さらに4〜5分歩くと「間宿原野」(右)の集落。出梁造りの家が点在し旧街道そんな雰囲気を味わうことができる。

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