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街道松 中山道道中記   街道松

琵琶湖 第69宿大津宿おおつじゅく (前半) 街道地図
大津宿は中山道69番目、東海道53番目の宿場で、宿場町としての機能と琵琶湖を使った物資の
集散地機能を併せ持っており、中山道、東海道の中でも最大規模の宿場町であった。
今も街道沿いで ばったり床机 がある家を見る事ができたりと、往時の面影残る街道である。

 平成22年12月8日      木曽義仲に巴と 山吹 、そこに加わる松尾芭蕉。ここは義仲寺です。

ここから大津月輪大池道標草津宿を出てかれこれ1時間、弁天池を過ぎて暫く歩くと街道際に木製の常夜灯が1基。「ここから大津」(左)と記されている。いよいよ中山道最後の宿場である大津宿が近い。
コメント:この常夜灯は撤去されて今は無い。
 

しばらく歩くと丁字路の向こう側に「道標」(右)が1本。「名勝 月輪大池 南約1粁」とある。名勝と言われれば見に行きたくなるがちょっと遠いなー。この大池は延宝3年(1675)に掘削されたもの。この先にも 下月輪池 と 山の神池 があり総称して 月輪池 と呼んでいる。ロマンある名称だが、その云われは池に映る月に感嘆したからとも月輪関白藤原兼実の荘園があったからとも。

下月輪池立場跡碑一里塚跡碑大池碑を横に見て数分、道路の向こうに見える池は「下月輪池」(左)。立場があった場所で、かつては大変景色が良かったそうだが、今はちょっと・・・・。

池を後にして10分、一里山2丁目交差点の左角に「一里塚跡碑」(右)が建てられている。 ここは江戸から131番目の大萱一里塚(月輪池一里塚)があった場所。

この先 瀬田唐橋までは目標物が少なく分かりずらいが、道なりに約10分、瀬田小学校脇の坂道を下り、十字路を左に曲がっていく。 左へ曲がったら500mほど歩いて右に曲がり、
浄光寺前を通って道なりに歩くと大きな道路にぶつかるのでここを左に。 赤い欄干の橋を渡るとほどなく猫の石像があり、「左 旧東海道」 「右 瀬田唐橋」 と記されている。ここまで
来ればもう迷う事はない。

瀬田唐橋百足退治伝説日本三名橋の一つとされる「瀬田唐橋」(左)は日本書紀にも登場するという古くからの橋であるが、「唐橋を制するものは天下を制する」といわれるほど軍事の要衝。一方で「瀬田の長橋」として歌枕になり、多くの文学作品に登場するなどロマンあふれる橋でもあった。

この橋には「百足退治伝説」(右)が残されている。
平安時代、瀬田橋を渡ろうとした俵藤太(藤原秀郷)の前に一人の老人が現れ、百足の害で困っているという訴え。これを聞いた俵藤太は橋の上から三上山に住む大百足に弓を放ち 見事に退治。

旧中山道(旧東海道)は瀬田唐橋を渡り、京阪電車の踏切を越え、次の鳥居川交差点を右に曲がっていく。

明治天皇鳥居川御小休所碑膳所(ぜぜ)城勢多口総門跡碑曲がった左側に立派な冠木門があり、その脇に「明治天皇鳥居川御小休所碑」(左)が建てられているが、ここは旅籠松屋跡。明治天皇東海・北陸御巡幸のおり、ここで小休み。  コメント:冠木門と石碑は撤去され今はありません。

旧中山道は商店街の中の道を進み、国道1号の高架下を通り、JR琵琶湖線の下を通ってNECの工場脇を歩き、その先の十字路も横断して道なりに。ほどなく民家の門前に比較的小型の「膳所(ぜぜ)城勢多口総門跡碑」(右)が見られる。

瀬田唐橋を守る目的で築城された膳所城は藤堂高虎の縄張りで慶長6年(1601)に着工。 「瀬田の唐橋唐金擬宝珠、水に映るは膳所の城」 と詠われた美しい城であった。明治維新で廃城となり取り壊されてしまったが城門が各地に移設されており、その一部が街道沿いで見られる。

粟津一里塚跡付近岐阜の三好様から「粟津一里塚跡付近」の情報と写真を提供して頂きましたので追記いたします。
JR石山駅北口から数分のコインパーキング辺りが一里塚東塚があった場所です。
三好様が「中山道浪漫の旅・西編」から推定したもので、「浪漫の旅」には「橋から70mの位置」とあり「東塚は駐車場になっている」とありますのでこの辺りと特定できます。

グーグルマップの旧東海道から離れた位置になりますが、元々の旧東海道はJR東海道線(琵琶湖線)のガード下を通るのではなく石山駅辺りを通って写真の道に通じるカギ型でした。この道を通るにはJR石山駅の自由通路から北口に抜けて写真の道に入り、道なりに右へ曲がってグーグルマップの東海道に入ります。

三好様、貴重な情報と写真をありがとうございます。

膳所(ぜぜ)城勢多口総門跡碑 篠津神社表門 膳所神社表門
 「若宮八幡神社表門」(上)は膳所城の
 犬走り門。
 「篠津神社表門」(上)は膳所城の
 北大手門。
 「膳所神社表門」上)は、二の丸より本丸への
入口にあった城門。

ばったり床机のある家芭蕉句碑膳所城総門跡碑の先からは城下特有の鍵の手の道が続く。往時の面影が少なくなったとはいえ、「ばったり床机のある家」(左)があったりと まだまだ街道時代が残っている。

妙福寺、専光寺、の前を通り過ぎ、光源寺前まで来たら右から合流する道に入って100mほど先。戒淋庵という小さなお寺にある「芭蕉句碑」(右)は小ぶりな自然石に句が刻まれており味わい深い。
   木のもとに 汁もなますも 桜哉   はせを

膳所城址琵琶湖に突き出た水城街道に戻り次に目指すは「膳所城址」(左)。左に、右にと曲がって比較的広い交差点に出たら右に曲がると城門が。
コメント:この城門は模擬城門で当時の門ではない。
今は城址公園となっているが、かつては「琵琶湖に突き出た水城」(右)で 白亜の天守閣が琵琶湖に映る様は実に素晴らしかったそうだ。

交差点まで戻り、横断して先へ進むと突き当たりが膳所神社。旧東海道は交差点を右へ。

膳所城北総門跡碑石坐(いわい)神社本殿 交差点から先も真っ直ぐな道が続き Y字路の先からは右へ、左へと複雑に曲がっていく。

相模川(神奈川県の相模川ではない)を渡った先の石坐(いわい)神社は創建年代不明だが、「本殿」(左)は文永3年(1266)に建造されたというから鎌倉時代のもの。
石坐神社の少し先に「膳所城北総門跡碑」(右)が街道際にひっそりと立っている。

義仲寺(ぎちゅうじ)北総門跡碑から6〜7分で東海道を歩いた人は必ず立ち寄る「義仲寺(ぎちゅうじ)(左)に到着。
木曽義仲の死後、義仲の墓近くに草庵を結び日々供養している見目麗しき尼僧が一人。里人が問うと「われは名も無き女性(にょしょう)」と答えるばかり。後に巴御前と分かり 草庵を無名庵と名づけたのが義仲寺の起こりだとか。

近江の景観をこよなく愛した松尾芭蕉は義仲寺にたびたび滞在しており、大阪で亡くなる際、「骸(から)は木曽塚に送るべし」と遺言。
木曽義仲墓の隣に埋葬されたのであった。

木曽義仲墓松尾芭蕉の墓源範頼・義経軍に追われた木曽義仲は粟津のこの地で討ち死に。享年31歳であった。門を入った中ほど奥の左側に松尾芭蕉が木曽塚と唱えた「木曽義仲墓」(左)がある。

義仲墓の隣は 芭蕉翁 とだけ刻まれた「松尾芭蕉の墓」(右)。芭蕉翁の亡骸は亡くなられた翌日の元禄七年(1694)十月十三日に義仲寺に入り、十四日に埋葬。
伊勢の俳人又玄の一句   木曽殿と 背中合わせの 寒さかな

巴塚山吹供養塚義仲墓の手前に「巴塚」(左)がある。義仲と共に最期を迎えようとしたが叶わず。その数年後、一人の尼僧が朝な夕なに義仲の菩提を弔っていたのが巴御前であった。

門を入ってすぐ左の塚は「山吹供養塚」(右)。義仲の愛妾であった山吹が義仲に会わんと大津まで来たが、義仲戦死を知り自害したとも捕らわれたとも云われている。この供養塚は大津駅前に在ったが駅改築に伴い移設されたもの。

境内には多くの句碑が設置されているが、芭蕉句碑が三基ある。
芭蕉句碑 芭蕉句碑 芭蕉句碑
 行春を あふミの人と おしみける
             芭蕉桃青
旅に病んで 夢は枯野を かけ廻る
             芭蕉翁
古池や 蛙飛びこむ 水の音
          芭蕉翁

石場一里塚跡付近岐阜の三好様から「石場一里塚跡付近」(左)の情報と写真を提供していただきましたので追記いたします。
場所は義仲寺から7〜8分歩いた先の三叉路辺りで、北川酒店が目安となります。
この場所は「中山道浪漫の旅・西編」から三好様が推測したもので「浪漫の旅」には北川酒店の西側と記載されています。

三好様、情報提供ありがとうございます。

露国皇太子遭難之地碑札の辻標柱義仲寺を出て昔の面影が少し残る街道を十数分、「露国皇太子遭難之地碑」(左)が十字路の左側に建てられている。 ここは大津の名を世界に発信した大津事件が発生した場所。

街道はこの先で路面電車が走る道路と交差する札の辻。東海道はここを左に曲がっていくのだが、ちょっと寄り道を。
交差点を横断すると「札の辻標柱」(右)が建てられている。ここは名のごとく高札場が在った場所であるが、越前国敦賀へと通じる北国海道(北国街道)の基点でもある。左側の石塔は大津市道路元標。
 コメント:標柱はその後撤去され、現在は道路元標のみ。

小関越道標芭蕉句碑北国海道の途中から分かれ、再び東海道に戻る約5kmの裏道を 小関越え と呼んでiいる。
札の辻から10分ほど歩くと江戸時代中期の建立と云われる「小関越道標」(左)が見られる。

小関越え道標のちょっと先を左に入ると天満宮だが、その境内にあったのは「芭蕉句碑」
 山路きて なにやらゆかし菫(すみれ)   はせを
コメント:小関天満宮は更地となり、今は小関天満宮跡 です。

ここまで来たのでもう少し寄り道を。

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