水辺の文学碑               三島に戻る

大岡信文学碑 宗祇句碑 正岡子規歌碑
地表面の七割は水 人体の七割も水 われわれの最も深い感情も思想も水が感じ 水が考えてゐるにちがひない
すむ水の 清きをうつす 我が心
三島の町に入れば小川に菜を洗う女のさまも
やや なまめきて見ゆ面白や どの橋からも 秋の不二

十返舎一九文学碑 松尾芭蕉句碑 若山牧水歌碑
日も暮れに近づき、入り相の鐘かすかに響き、鳥もねぐらに
帰りがけの駄賃馬追ったて、とまりを急ぐ馬子唄のなまけ
たるは、布袋袋の淋しくなりたる故にやあらん。
このとき、ようやく三島の宿につくと、両側よりよびたる女の声々・・・・  
女『お泊りなさいませ、お泊りなさいませ』
弥次『エエ、ひっぱるな、ここを放したら泊まるべい』

女『すんなら、サア、お泊り』 弥次あかんべい『』
・・・・喜多『いいかげんに、此処へ泊るか』
女『サア、お入りなさいませ、お湯をお召なさいませ』
弥次『ドレ、お先に参ろう』と、はだかになりてかけだす。
女『モシ、そっちは雪隠
でござります。こっちへ』
弥次『ホイ、それは』と湯殿へゆく。
霧しぐれ 富士を見ぬ日ぞ 面白き
宿はづれを清らかな川が流れ、
其処の橋から富士がよく見えた。
沼津の自分の家からだと
その前山の愛鷹山が富士の半ばを隠しているが
三島に来ると愛鷹はずっと左に寄って
富士のみがおほらかに仰がるるのであった。
克明に晴れた朝空に、
まったく眩いほどに その山の雪が輝いてゐた。

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この湧水というのが、なんともいえずおかしみがある。
むかし富士がふんかしてせりあがってゆくとき
溶岩が奔って、今の三島の市域まできて
止まり、冷えて岩盤になった。
その後、岩盤が、ちょうど人体の血管のように
そのすきまに多くの水脈をつくった。
溶けた雪は山体に滲み入り、水脈に入り、
はるかに地下をながれて、溶岩台地の最後の縁辺
である三島にきて、その砂地に入ったとき
顔を出して湧くのである。
水底にしずく圓葉の青き藻を
 差し射る光のさやかに照らす
町中を 水量たっぷりの澄んだ小川が
それこそ蜘蛛の巣のやうに
縦横無尽に残る隅なく駆けめぐり、
清冽の流れの底には
水藻が青々と生えて居て、
家々の庭先を流れ、縁の下をくぐり、
台所の岸をちゃぶちゃぶ洗い流れて、
三島の人には 台所に座ったままで
清潔なお洗濯が出来るのでした。

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 楽隊の音がきこえてきた。
ジンタッ、ジンタッ、ジンタッタッ・・・・・・
ジンタの楽隊がやってきたのだ!
 子どもたちは、小鹿のようにかけだした。
 ジンタの行進は、となりの町の沼津から
三島の町へのりこんできた。
 はなばなしい旗やのぼりを先頭に、クラ
リネットに、コルネット、大太鼓、小太鼓
という一隊で、そろって、白い羽根かざり
のついた赤いぼうしをかぶっている、
 それが、町じゅうをゆすぶるような大き
な音で、あのなつかしの曲「美しき天然」
を演奏しながらくりこんできちゃのである。
町なかに 富士の地下水 湧きわきて
冬あたたかに こむる水靄
三島町へ行くと
道の両側に店舗が立ちならび、
町の中央に映画の常設館があって、
その前には幡旗(のぼり)がはためいていた。
私たち山村の少年たちは、
ひとかたまりになり、
身を擦り合わせるようにくっつき合って、
賑やかな通りをあるいた。


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