| (38) 甲府宿前半 えっ! 『連歌発祥地』 が甲斐の山中に! |
甲府(柳町)宿は甲府城(舞鶴城)の城下町としての賑わいもあった宿場町。甲府城は残念ながら亨保12年(1727)の大火で本丸を焼失し
以降再建されることはなかったが城としての機能は幕末まで続いてる。明治に入って廃城となり ほとんどの建物は取り壊されてしまった。
また宿場町としての面影も少なくなってしまったが当時のままの曲がりが多い道路だけは残されている。 |
|
 石和宿を出てかれこれ40分、到着した場所は「山崎三叉路」(左)。写真は振り返って撮影したのだが 右の道が旧甲州街道、 左の道が内藤新宿の追分けで分かれた青梅街道。
三叉路の10mほど先右側は「山崎刑場跡」(右)。明治五年(1872)に最後の処刑が行われた後に廃止。供養塔や六地蔵があり今でも花が手向けられているが刑場跡を見るのは重いよ。
|
 JR酒折駅入り口前を過ぎると「酒折宮」(左)の標識がある。ちょっと寄り道したくなった。教育委員会の説明板には「酒折の宮は、古代、日本武尊が蝦夷を征伐しての帰途、立ち寄った」 と記されている。さらに「古事記・日本書紀の記録から連歌発祥地として全国に知られている」 とも記されている。 連歌発祥地という割りには境内にはそれらしき物が見あたらない。
代わりに見つけた碑が芭蕉十哲の一人「嵐雪の句碑」(右)。
月の雲 雲から先に 離れゆき 嵐外 (嵐外は後の嵐雪)
この他に本居宣長らの碑もある。 |
|
 神社のパンフレットに「酒折宮の御旧跡はここより四、五丁離れた山腹にあり」と記されているので、これを見ずに先へは行かれない。酒折宮の東側参道を出て不老園 の間の山道を登ると鉄柵に囲まれた旧跡があった。ここが古事記・日本書記に記された日本武尊が立ち寄った場所で、後年、「連歌発祥地」(左)と言われた場所。
鉄柵の中を覗くと(右)石垣で囲まれた奥にポツンと台座石が置かれただけの空間が広がっている。この空間は「酒折宮旧跡」(右)、日本武尊がここに座っていたと思うと わくわくしてくる。日本武尊は配下の者と どんな会話を交わしたのだろうか。
|
|
 対面の「連歌発祥地碑」(左)に最初の連歌が刻まれている。
新治(にいはり)筑波を過ぎて 幾夜か寝つる 日本武尊
かがなべて 夜には九夜 日には十日を 御火焼翁 《詳細はこちら》
都人の遊びと思っていた連歌のルーツが こんな山奥に有ったとは。
山を下り不老園(2・3月のみ開園)まで来たら 「芭蕉句碑」(右)が気になり作業している人にお願いをしてみると、「芭蕉さんかい、そこだよ」
咲きみたす 桃の中より はつ櫻
芭蕉さん、ここは梅林なんですが。 うーん、それは碑を設置した人の非だな。
|

街道に戻り5〜6分歩くと甲斐善光寺の道路標識がある。またまた寄り道がしたくなった。右に曲がりJR中央線ガードを過ぎると彼方に山門が見えるが その奥は「甲斐善光寺」(左)。川中島の合戦で信濃善光寺の火災を恐れた武田信玄がご本尊をこちらへ奉遷させるために建立。
境内左側の池畔に建てられている石碑は「芭蕉月景(影)塚」(右)。
碑の右側面に刻まれた句
月がけや 四門四宗も ただひとつ
善光寺を一言で言い表すとは、さすが芭蕉さん。
|
|
 街道に戻ると目の前に善光寺駅と書かれた身延線のガードが見える。その先が宿場町でよく見る「枡形道」(左)で、ここは1/25,000の地図でもはっきりとクランク構造が見えるという典型例。
枡形道を曲がると見えたのは甲府市の文化財に指定されている「石川家住宅」(右)。明治40年(1907)に建てられた木造平屋の塗龍土蔵造りと呼ばれる建築様式で甲府空襲をのがれた貴重な建物。
|
|
 枡形道から10分ほど歩いて城東1丁目の信号を右に入り甲府五山の一つ「能成寺」(左)に寄り道を。赤穂浅野家の家老だった大野九郎兵衛の墓碑がある。九郎兵衛は大石良雄と意見が対立し仇討ちには参加していない。
芭蕉の有名な句が刻まれた「句碑」(右)も見ておこう。
名月や 池をめぐりて 夜もすがら 芭蕉
こんな場所が有るなら、こんな心境に成りたいものですね。
|

街道に戻ると その先は曲尺手(かねんで/直角に曲げられた道)となっており左へ曲がって行く。次の曲がり角にある寺院の墓地を訪れてみた。
目には青葉 山ほととぎす 初がつお といえば山口素堂。
天尊謝寺に素堂の墓があるというので探したら山口家累代之墓の左側に「山口素堂墓」(左)と刻まれた小ぶりの墓碑がありました。
武田家に仕え 後に徳川家康に仕えて佐渡金山など多くの鉱山を開発した「大久保長安の供養塔」(右)もある。 大久保長安といえば横山宿の八王子千人同心の発案者でもあった。
城東通りから遊亀通り(旧柳町通り)へ曲がる道が旧甲州街道だが、ここまで来て甲府城を素通りするわけにはいかない。左に曲がらず右に曲がって甲府城址まで行こうではないか。
|
前の宿場石和宿へ 甲府宿後半へ 表紙へ戻る
|