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六郷田無道 道中記

①六郷から池上本門寺  ②池上本門寺から大岡山  ③大岡山から千歳船橋  ④千歳船橋から三鷹  ⑤三鷹から田無

⑤三鷹から田無まで 街道地図


連雀通りの塚交差点から北進した六郷田無道はJR中央線の高架下を通り、玉川上水を渡り、大師道を
通って五日市街道に合流。数分歩いて千川上水を渡ったら五日市街道と分かれ深大寺街道に入って行く。
ほどなく青梅街道に合流し田無宿に入って六郷田無道の旅は終了。
このルートは住宅地の中の狭い道を歩くことが多いが、途中には古道特有の庚申塔や馬頭観音、地蔵尊
など江戸時代の遺構が数多く見られる。

令和元年7月8日

連雀通りの塚交差点から新武蔵境通りに入ると道路は思い切り広く拡幅されており往時の面影は全く見当たらない。
と思ったらJR中央線のガード手前に「庚申塔」(左)が。かなり摩耗が激しく庚申塔らしい、としか言いようがないが、花が手向けられ大事にされているようだ。

中央線のガード下を通り旧道に入ると行く手に玉川上水が横切っている。そこに架かる橋が「大橋」(右)。玉川上水ができるはるか以前からの幹線道路にふさわしい橋名だ。現在の橋は平成29年(2017)に架け替えられたもの。

大橋を渡るとその先は境浄水場で分断されるため迂回して旧道に。この道は先ほどの大橋を渡って深大寺の元三大師堂へ向かう道であったことから大師道と呼ばれていた。

大師道を10分ほど歩くと五日市街道に突き当たるが その向こうに見える石碑は「御門訴事件記念碑」(左)。明治3年(1870)、品川県が布達した社倉制度(貯穀制度)に反対した農民が県庁へ門訴(直訴)。 この件で名主の井口忠左衛門ら3名が非業の死を遂げたが、この事件を後世まで伝えようと建てられた碑である。

その先数分、大きな交差点を渡ると見えた2基の石塔は「庚申塔と石橋供養塔」(右)。千川上水と交わるこの場所に天保12年(1841)に石橋が架けられたが その橋を供養するために建てられたもの。以前は金網の中にあった石塔だが金網が取り払われきれいに整備されているとは嬉しいね~


千川上水を渡ったら五日市街道と分かれ、武蔵野大学と公園の間を通る深大寺街道を北進。
田無工業高等学校手前の十字路際にあるかなり風化が進んだ石塔は「馬頭観音道標」(左)のようだ。西・南・東の文字と・・・道 以外は判読できないほど傷みが激しいのが残念。

その先5~6分の所にも「馬頭観音道標」(右)が。こちらは傷みもなく文字もきちんと判読できる。文政2年(1819)のもので、「右 深大寺道 左 柳澤 所澤道」。

さらに5分ほど歩くと地蔵堂の中に「ほうろく地蔵」(左)が鎮座。建立年などは分からないが、光背が焙烙に似ていることから ほうろく地蔵。

その先の石神井川を渡ると青梅街道に合流して左へ。西武新宿線のガードを潜ると「庚申塔道標」(右)が建てられている。享保8年(1723)、地元の庚申講の人達が建てたもので、「是より左ハあうめミち 是より右ハはんのふ道」。この庚申塔道標はちょっと先の秩父道との追分に建てられていたもだが、道路拡張で撤去されここへ移設。

この先の秩父道との追分を左へ曲がると田無宿へ入って行くのだが、青梅街道を横断して富士街道へ寄り道を。

富士街道の入口に建てられているのは「弘法大師供養塔」(左)。
側面が道標を兼ねているということだが、祠の中であることや刻みが薄いことで読みずらい。

富士街道を数分、街道際にちょっと珍しい「六角地蔵石幢」(右)が。
六角形の石柱上部に地蔵菩薩立像が浮彫されている。寛政7年(1795)の建立だが、「つや」という女性と「光山童子」の菩提を供養するために建てられたもので江戸・市ヶ谷の石工が彫り上げたものだという。

街道に戻り追分を曲がって数分、見えた鳥居は「田無神社」(左)。
創建年代は不詳だが鎌倉時代には尉殿(じょうどの)大権現として谷戸に鎮座していたという。青梅街道の開通に伴い現在地に遷座したもので明治5年(1872)に別当寺から別れ田無神社と改名。

鳥居を潜ったすぐの「参道階段」(右)は田無神社がこの地に遷座したとき造られたもの。江戸初期の造作であるが石工が手作業で削り組み上げた階段は今でも少しの歪みも感じられない。

参道途中の小さな石橋は「田無用水の跡」(左)。田無宿先の橋場で二手に分かれた田無用水の一本(青梅街道北側の用水)は田無神社境内を通って石神井川に落されていた。

石橋を渡った先の「拝殿」(右)は明治8年(1875)の建築だが様々な彫刻が施されている。軒下彫刻や木鼻彫刻、脇障子の彫り物など素晴らしいの一言。
もっと素晴らしいのが本殿の彫刻。ところが拝観できないのが残念。
本殿は安政6年(1859)の建築だが彫刻を手掛けたのは江戸時代の天才彫刻師・島村俊表なのだそうだ。見たいね~

多摩川河口の北野天神から出発した六郷田無道の旅は田無神社で終了とした。この先は青梅街道道中記の田無宿を参照ください。

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