| (25)大月宿 ここにも「追分け」が有ったが、交番は無かった |
| この宿場は本陣が1軒、脇本陣が2軒あったが旅籠は2軒だけという寂しい宿場であった。旧街道を歩いても当時の面影はほとんど感じることができない。 |
| 駒橋宿の終わった辺り(バス停 駒橋上宿 )から右に入り、駒橋跨線橋の下を通って行く。 |

駒橋宿の終わった辺り(バス停 駒橋上宿 )から右に入り、駒橋跨線橋の下を通って行く。JR中央線に平行して歩くと「さつき通り」(左)商店街に入るがこの通りが旧甲州街道。道幅が狭くなんとなく昔の街道跡らしい雰囲気はある。さつき通りを抜け国道20号に合流する辺りから大月宿。
市役所前を通り過ぎると「明治天皇御招所址碑」(右)と説明碑が建てられているが、ここが本陣のあった場所で道路向かい側に脇本陣があったようだが今はその痕跡は無い。
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本陣跡から数分歩くと冨士道との「大月追分け」(左)。内藤新宿と横山宿先の追分には交番があったが この追分けには交番が無かった。冨士講の人達にとっては大事な追分けで、真っ直ぐ行ってしまったら富士山には行かれないという見落とせない曲がり角。
ここには「追分け道標」(右)が何本も建てられている。「左 ふじ 右 甲州道」、あるいは「左富士山道 右甲州道中」と刻まれたものなど、それだけ重要な追分けだった。追分けの先は桂川に架かる大月橋を渡り花咲宿へと入って行く。
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