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| 佐久山宿には笙(しょう)や篳篥(ひちりき)などで 「雅楽」 を演奏するという雅な寺院がある |
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この宿場の歴史は古く、文治3年(1187)に那須与一の兄である那須泰隆がこの地に佐久山城を築き、佐久山氏を名乗ったことに始まる。
永禄6年(1563)以降は福原氏の支配下となり明治維新まで続いている。 山間の静かな里であるが、往時の面影は少ない。 |
 喜連川を歩いていた時は次から次へと変わる自然の景色で飽きることの無い街道歩きであったが、大田原に入ったら「お花畑」(左)が街道歩きを楽しませてくれる。
道標を探したり庚申塔を見たり、歩き疲れたころ「佐久山宿案内板」(右)が現われる。地図を見ると佐久山宿が近い。 |
 案内板から4〜5分歩くと県道52号と交差し坂を下っていくがこの道が奥州街道である。
坂の途中左側に観音堂があるがその入口に「六地蔵」(左)が鎮座。整然と並んで出迎えてくれているようだ。
この辺りから佐久山宿だが、もう少し歩くと先ほど交差した県道52号に合流し現在の「佐久山の町並み」(右)へと入って行く。 |
  県道に合流すると左側に立派な屋敷門が見える。ここは薬屋の「八木沢氏宅」(左)。門の右手にちょっと変わった物が。近づいてよく見ると「運用膏」(左)と記された看板である。
大日堂を探していると目に入ったのが消防器具置き場の前にひっそりと立つのは「旧奥州道中 佐久山宿 下町」と刻まれた「佐久山宿碑」(右)。あまりに控えめなのでうっかりと見落とすところであった。大日堂は佐久山宿碑の先の路地を右に入るとすぐである。 |
 路地を入ると「大日堂と大ケヤキ」(左)が左奥に見える。この大日堂には「不動明王」が安置されているそうだがご開帳は秋の彼岸だけということで見ることはできず残念。
その後ろの大木は樹齢800年という大ケヤキ。一時、樹勢が衰えたが最近は再び勢い旺盛なのだとか。800年とは凄いねー。
街道に戻り立ち寄ったお店が安政2年(1855)創業の「官兵衛饅頭の小島屋」(右)。土産に饅頭を購入したのだが「一休みしていって」といってお茶と、なんと饅頭を2個も出してくれるではないか。疲れが吹き飛んだね。 |
 小島屋さんから少し先、左側の郵便局横を入り数分歩くと階段上に「實相院山門」(左)が見える。この山門は藩主福原資倍公夫人が正徳年間(1711〜16)に寄進したもの。本堂左の奥には佐久山藩主福原氏の墓地がある。福原氏は、関が原の戦い、大阪夏・冬の陣にも出陣しているそうだ。
ちょっと戻って佐久山小学校の横を上がって行くと「佐久山城跡」(左)である。現在は御殿山公園となっているが土塁や石垣の一部が見られる。 |
 街道に戻るとその先は右に曲がる下り坂。坂の途中、左側の寺は「正浄寺」(左)。ごく普通の寺院であるが春秋の彼岸には雅楽が演奏されるのだとか。檀家有志が一子相伝で伝承してきた郷土芸能で地域の婚礼時にも演奏されるそうだ。婚礼の席に雅楽、いいねー。
本堂の左に「芭蕉句碑」(右)が建てられている。刻まれた文字は読み取り難いが、
花の陰 謡いに似たる 旅寝哉 芭蕉翁 |
 正浄寺前の坂を下り箒川に架かる岩井橋を渡ると大田原宿までは那須野ケ原の中の直線道路。かれこれ15分ほど歩くと「イトヨ生息地 0、6km」とある。が今回は見学をパス。街道を1〜2分進むと「水草の繁る清流」(左)が見えるが、この上流がイトヨが生息する川。見事な清流である。
親園(ちかぞの)の集落を歩いていると見事な赤松の大木。説明板に「与一の里名木選 国井宅の赤松」(右)とある。樹齢は200年。 江戸時代の旅人もこの赤松を眺めて旅を続けたのだろう。 |
 しばらく歩くと左奥に湯殿神社があるが、その参道入口の「御堂」(左)に「蒲慮(ほろ)碑」(右)が収められている。なんともはや難しい碑だが、傍らの説明板をじっくりと読むと次のようなことが記されている。
「旅の僧が那須野で見た蜃気楼のことを土地の人は ほろ(蒲慮) と呼んでいることを知る。 また、この地を収めていた代官の善政を知った旅僧は感激して、孔子の「夫政也者、蒲慮也」と蜃気楼の蒲慮と結びつけ称えた」ということが記されている碑だそうだ。
碑の裏に代官手代「飯岡直蔵重武」の歌が。 はてしなく浮世の人に見するかな 那須の野面のほろよいのいしぶみ |
 蒲慮碑堂の斜め向こう、国井氏宅の門内に「町初(まちはじめ)碑」(左)が祠の中に収められている。寛永年間、奥州街道筋のこの地に八木沢部落が開かれたことを記念して建立した碑なのだとか。
町初碑の先で百村川に架かる筋違橋を渡ると「街道はどこまでも真っ直ぐ」(右)となり、はるか彼方が見渡せない。やっとカーブを曲がると、その先がまた見渡す限りの直線。地図を見るとこの直線は大田原宿まで続くが見どころは無い。 |
 てくてく・黙々 歩いていると ? あのまん丸な玉は何だ? 近づくと「すすき」(右)ではないか。思わず1枚撮影したが なんとも珍しい。
やっと町並みが近づくとどこまでも続く真っ赤な「サルビアの歩道」(右)が出迎えてくれる。次ぎの宿場である大田原宿が近い。
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