 青梅街道は熊野神社脇で右・左と曲がる鍵型道。その先は青梅裏宿だが ここにも中里介山の大菩薩峠に登場する裏宿七兵衛の旧跡があるのでもう少し足を伸ばしてみることに。
鍵型道から7~8分、街道際の「七兵衛公園」(左)は実在した裏宿七兵衛の住居跡。入口の左に多数の石仏が。伝えによると七兵衛は盗賊で、奪った金品は全て貧しい人々に分け与えた義賊であった。大変な健脚で遥か遠方で盗みを働き朝には帰って畑仕事をしていたため誰も気づかなかったのだとか。
公園の奥に「裏宿七兵衛供養塔と説明碑」(右)が建てられている。説明碑の冒頭に「我が青梅が生んだ熱血の狭児通称裏宿七兵衛は享保の頃より元文年間にかけて困窮せる庶民の救世主であった」とある。 |