
街道をさらに先に進み石神南まで来たら東京外環道に沿って右に曲がり寄り道を。といっても片道20分以上歩くのだが。
目指すは「赤山城址」(左)。関東郡代となった伊奈氏はここに赤山城を築き160年に渡って居城としてきたが寛政4年(1792)、養子問題などささいな事で所領を没収され廃城となった悲劇の城。
街道に戻りちょっと歩いた右奥の真乗院本堂前の「地蔵菩薩道標」(右)は元文2年(1737)の造立で正面に「南江戸ほんがう道」、左右に「北いわつき道」「江戸あさ草道」と刻まれているそうだがほとんど読み取れない。
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