 増上寺から街道に戻ると その先は消滅。近い道としてプリンスホテルに沿って右へ曲がり次の信号で左へ曲がり、都道301号に入って行く。
都道に入り5~6分歩いた先に見えたのは2階建の立派な「青松寺山門」(左)。山門の両側には仁王像ならぬ四天王像が境内に入ろうとする悪者に睨みを利かせている。青松寺は太田道灌が文明8年(1467)に創建した寺院で長州藩、津和野藩などが江戸での菩提寺としていた。
その先数分、左手奥に見える長~い急な石段は「出世の石段」(右)と呼ばれる愛宕神社への参道。この急階段を馬で駆け上がったのが讃岐・丸亀藩の曲垣平九郎。この時の将軍 家光公より 「日本一の馬術の名人」
と讃えられ その名は一日にして全国にとどろいたという。時は寛永11年(1634)であった。
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