 途中の白山神社横の祠の中に見える石造は「牛頭天王像」(左)。文政2年(1819)に造立されたことが台石に刻まれているが、どういうわけか明治の初めに井戸の中から発見されたのだそうだ。
西武線に沿って北上すると丁字路の向うに立川家の長屋門が見えるはず、だが見えない。今は真新しい住宅の連なり。旧立川家の敷地に沿って数分歩くと「熊野神社」(右)に到着。創建年代は定かではないが、言い伝えによると新田義貞が久米川の合戦のとき後詰を置いた場所だという。
街道に戻り西武線の踏切りを渡ると旧道は真っ直ぐ進む道と右へ曲がる道の二手に分かれる。旧鎌倉街道は右へ曲がり公事道を通って長久寺前に出るのだが、真っ直ぐ進み久米川古戦場跡に寄り道を。 |