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矢倉沢往還  道中記

赤坂御門から三軒茶屋三軒茶屋から二子の渡し(江戸初期の道)三軒茶屋から二子の渡し(文化・文政の道二子溝口宿荏田宿長津田宿下鶴間宿国分宿
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Q裾野から沼津まで             街道地図 
箱根・足柄峠を越えると富士山の裾野を沼津へ向かって長い長い下り坂を下っていく。御殿場を出た
矢倉沢往還は裾野市、長泉町を通って沼津まで約4里弱(15km強)、その間に宿場は無かった。
今は家が連続しているが、かつては時々現れる集落にほっとしながら草原の中の道を歩いたのだろう。

この区間は見どころが少ないため路傍の石仏や石塔を探しながらの街道歩きである。

 平成26年3月27日

裾野市に入ったらちょっと寄り道を。
畑の中に「岩波風穴」(左)なる洞穴がある。約1万年前の富士山噴火で流れ出た溶岩により出来た洞窟なのだそうだ
梯子が掛けられており中に入ることができるので入ってみたが真っ暗で何も見えない。

もう一か所寄り道を。向かった先はすぐ近くの「岩波不動尊」(右)。
堂内に掲げられているのは七五調の和讃
   黄瀬の流れもいと清く 光輝く岩波に 鎮座まします不動尊 過る宝暦二年春 世にも名高き彫刻師 ・・・・

街道に戻りJR御殿場線の踏切を渡り岩波駅前を通り過ぎると ここにも「唯念上人名号塔」(左)。

ほどなく田んぼの中に鎮守の森が見えるがここは「赤子神社」(右)。参道の眺めがなかなか味がある。
あまり聞かない神社名だが その名の通り子供たちの守り神。祭礼日に小豆の入らない 白おこわ を配るが、妊婦さんがこれを食べると元気な赤ちゃんが授かるのだとか。

街道に戻り10分ほど歩いたら左に入ると僅かな区間だが旧道を歩くことができる。その旧道際に建つ「観音堂の前にも唯念上人名号塔」(左)が。

観音堂の周りにある多数の石仏の中に地蔵様にしては可愛らしい顔の地蔵道標が。刻まれている文字は「右ハむらみち 左ハ甲州みち」。 ここは三島と甲府を結ぶ甲州道(佐野街道)でもある。

旧道はすぐに県道に合流。4〜5分、道路際に並ぶのは多数の「石仏」(右)。

その先も所々にある常夜灯や庚申塔を拾いながらの歩きが続く。

単調な街道歩きが続くが滝があるというので街道を外れて寄り道を。向かった場所は黄瀬川を越えた先の中央公園。
入口の石碑は「若山牧水歌碑」(左)。
   富士が嶺や すそのに来り仰ぐとき いよゝ親しき山にぞありける 牧水
若山牧水はこの近くにあったホテルの五竜館に宿泊し歌集「麦の秋」や「野なかの滝」などを創作。

すぐ先の「夢の橋」(右)を渡ると滝が間近だ。

滝の名は「五竜の滝」。黄瀬川本流にかかる3条を「男滝」(左)、右手の支流にかかる2条を女滝と称し、それぞれに雪解け・富士見・月見・銚子・狭衣という名がつけられているが これが五竜の滝の語源。

公園をもう少し奥まで入ると18世紀初頭の建築といわれる「旧植松家住宅」(右)が見える。これは裾野市石脇にあった農家を移築したもの。植松家は源頼朝が建久4年(1193)に富士の裾野で巻狩を行ったが、その頃、尾張国津島から移住した草分け七家だそうで代々名主を務めていた。

五竜の滝から街道に戻ったら再び石仏を探しながら県道をてくてくと。

長泉なめり駅入口を過ぎ数分、右の奥まったところに「五輪塔」(左)があり傍らの標柱に「長泉町指定文有形化財」と記されている。 歴史的価値があるのだろうが説明書きが無いのが残念。

この先も単調な歩きが続くが鮎壺交差点の先にまたまた滝が。
右に曲がり数分、見えたのは黄瀬川にかかる「鮎壺の滝」(右)。1万年前の富士山噴火で流れた溶岩流の末端にできた滝で、川を上ってきた鮎が滝を上れず滝壺に群れていたので鮎壺なのだとか。

鮎壺の滝から街道に戻り、新幹線、国道1号の高架橋をくぐって約30分。矢倉沢往還は御殿場線大岡駅の手前を左に曲がっていく。

曲がってすぐに御殿場線の踏切を渡りさらに10分ほど歩くと東海道線の踏切を渡るが、この踏切の名称が「箱根裏街道踏切」(左)。なかなか味な名前を付けてくれるね。

この先15分ほどで矢倉沢往還の終着点到着だが ちょっと寄り道を。

住宅地の中にある「耕雲寺」(右)は武田信玄ゆかりの寺。戦に疲れた信玄が休息を求めて耕雲寺に。接待に感謝した信玄は「一夜切り」と呼ばれる竹笛の音色を披露し住職にその笛を御礼に手渡したのだとか。

耕雲寺から街道に戻り5分ほど歩くと ついに東海道に合流する「下石田交差点」(左)に到着。東海道を歩いた時はこの交差点を左から右へ歩いていったのだが記憶に無い。

交差点を渡って「沼津宿方向」(右)を眺めると、思い出したぞ、緩い坂道を下ったら左へ入り狩野川の堤防下を歩いたことを。

東京の赤坂御門前を出発し神奈川県を横切って箱根の山中に入り、富士山の裾野を通って下石田交差点まで、あちらこちら寄り道しながら約250kmの旅であった。

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